つぎへ



青春は「弘法(こうぼう)さん」
だった

  むかしから4月21日は、「弘法大師(こうぼうだいし)」(空海)の命日で、円福寺で盛大(せいだい)に供養(くよう)がなされました。
 20日の夜は「おたいや」とよばれる前夜祭があり、八丁櫓(はっちょうろ)の舟で野母崎、神ノ島をはじめ長崎・佐賀の方からも多くの人がお参りにくるほどでした。
 おへんろさんも各地から来られ、お寺で手帳に参詣(さんけい)したしるしの木版(もくはん)を押してもらい、20日の晩は円福寺の本堂(ほんどう)に泊(と)まっていました。
数日前から部落では、総出(そうで)で参詣者を迎える準備がなされました。また蚊焼(かやき)(三和町)の鯨浜(くじらはま)や黒浜からあおすな(緑色の砂)を取ってきて、参拝(さんぱい)する道にまかれました。



浦トップページへ